はしかの話

放ったらかしなブログです。こまめに書きたいと思ってるんすけど、そんなことしてる暇あったらチャリ漕いだり家事したりしたいっていうところです。
さて、昨日ニュースを見ていたら実家の近くで麻疹感染のニュースがあって笑えない感じなので、自分が20歳の頃に麻疹をやった時の様子を思い返して見たいと思います。もう18年前か、、、それはそれで笑えない。

そこはおいといて、確かあの時も5月くらいだったか、はじめは体調が酷く崩れてツライ風邪だなあと思ってました。しかし、39度超の熱が出始めてから、まるで引く気配なし。なんかおかしい…。
高熱の間は全身熱くて痛くて苦しくて、まさに地獄。
「インフルエンザ?ああ、あのヌルいやつね?」というレベル。

このままだと死ぬと思って解熱剤を飲むも、効き目が切れるとすぐに39度超に戻るのを繰り返し。
その頃、チョロっとニュースで麻疹が流行ってるみたいなことは言っていたのですが、まさか自分が麻疹とはカケラも思わず。
解熱剤に頼って無理に抑え込んでしまったため、しばらく発疹がはっきりと出なかったのかも、と後から医者に言われました。
この初動のミスが無ければもう少しマシだったかもしれないですね。

話は戻して、40度近い熱が延々と続くとなんかもう訳わからない状態になります。
で、命の危険を感じずにいられないので、解熱剤を飲む。滝のような汗とともに一気に熱が冷めるものの、
「数時間後また熱が出るんだろうか…嫌だ嫌だ嫌だ」
と恐怖しかない気分。で、当たり前のように効き目が切れて再度発熱して絶望。
これを日に3、4回繰り返し。
よく覚えてませんが、「もう死んだ方が楽だ!殺して!」と言っていたそうな。

一度救急車で搬送されるも、とりあえず点滴打っときましょうで終わり。
ここで無理せずがっちり調べて貰えばよかったんですが、なまじに解熱剤で何とか頑張ってしまっていたもんで、この時もなんとか帰ることはできるから、と原因不明のまま帰宅。

高熱が出てから4、5日くらいした頃か、この熱に加えて口から喉、一面に口内炎のような炎症が広がってただれて、舌を動かすも苦痛に。
固形物はもちろん無理で、水すら激痛という地獄の追い打ち(これは麻疹の発疹が体内に出ていたためだったらしいですが、当時は気づかず)。
これはもうダメかと思いました。

その後、耳の後ろに発疹が見られ、ようやく麻疹じゃないか!?となって、救急車、即日入院。

ここまでで前半戦終了。実は地獄の本番はここから。

入院して個室にぶち込まれて完全隔離。
「これで死ななくて済む」と思った記憶がありますが、実際そんな甘い話ではなかったらしい。
特にこれという特効薬があるわけではないので、結局苦しいのは変わらずで、2日ほど地獄だったらしい。
あまりの熱の苦しさに、のたうち回るのを看護師さんや母が抑えるつけないといけないほどだったらしい。
何割かの確率で脳炎に至って死ぬか重大な後遺症を残すところだったらしい。

全部「らしい」なのはこの辺りの記憶がないからです。
なんとなく覚えているのは、検温で42.3度とか出ていて「なんか見たことない体温になってる。そんな体温まで測れるんだ…」と人ごとのようになった記憶くらい。

ようやく落ち着いて、枕元に酸素マスクが備えてあることに気づいて、そこで初めて本当に死にかけていたことを知りました。

その後はしばらく肝臓だか腎臓だかの値がおかしい状態が続き、しばらくぐったりして回復しませんでした。何とか後遺症を引きずる事もなく済みましたが。

俄かに麻疹が流行ってる最近ですが、驚いたことに
「一度罹ってしまえば強力な免疫を得られるからワクチンなんか打たない方がいい、自然が一番」
とか、なかなかな事を考える人がいるそうですが、絶対だめです。
前述のように死んだ方がマシと思える地獄と実際の死が待ち構えておられるので、予防接種を強くオススメします。いや、ほんと。

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